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同性愛のテーマ:村上春樹「ノルウェイの森」を読む


直子が入った精神病院には、レイコさんという風変わりな女性が入院していた。彼女はなにかにつけて直子の世話をし、直子の心のよりどころにもなっていた。そのレイコさんとはレズビアンなのだ。

彼女は自分がこの精神病院に入るきっかけになった事件について、僕に語った。それは彼女がピアノを教えていた十三歳の少女に同性愛を仕掛けられたという話だった。彼女はその少女に誘惑されて同性愛の喜びにふけったが、そのことがどういうわけか周囲に漏れて、世間から非難される羽目になり、そのことで家族も何もかも失ったという話だった。彼女は自分をこんな目にあわせたその少女のことを、口を極めて罵る。

「病気なのよ」とレイコさんは言った。「病んでいるのよ。それもね、腐ったリンゴがまわりのものをみんな駄目にしていくような、そういう病み方なのよ。そしてその彼女の病気はもう誰にもなおせないの。」

彼女にとっては、自分はその少女の被害者なのだという観念が確立している。だがよく読み込んでみると、同性愛を仕掛けたのは少女ではなくレイコさんだと受け取れもする。彼女が少女に帰している同性愛的行為は、自分自身の行為を少女に投影しているとも読み取れる。

いずれにしてもレイコさんは自分がレズビアンであることを否定するわけにはいかない。その少女に自分がレズビアンであることを指摘された時のことを、レイコさんは苦々しく思い出すのだ。

「あなたレズビアンなのよ、本当よ。どれだけ誤魔化したって死ぬまでそうなのよ」ってね」
「本当にそうなんですか?」と僕は訊いてみた。
 レイコさんは唇を曲げてしばらく考えていた。「イエスでもあり、ノオでもあるわね。主人とやるときよりはその子とやるときの方が感じたわよ。これは事実ね。だから一時は自分でもレズビアンなんじゃないかと、やはり真剣に悩んだわよ。」

そんなレイコさんだから、直子は心をひらいて付き合えることができたのだろう。それはお互いがレズビアンであるからだ。

「レイコさんに抱いてもらうの」と直子は言った。「レイコさんを起こして、彼女のベッドにもぐりこんで、抱きしめてもらうの。そして泣くのよ。彼女が私の体を撫でてくれるの。体の芯があたたまるまで。こういうのって変?」

直子はこのままレイコさんと二人で世界から隔絶されて暮らし続けていたら、ささやかな幸福に恵まれたかもしれない。だがそうはならず結局は死ななければならなかったのは、僕が現れたせいだ。直子は僕の登場によって、自分が本来もっている同性愛の傾向と、女として期待されている異性愛との狭間で、引き裂かれてしまったのだ。

村上春樹がこの小説を書いたころは、同性愛はまだ社会的に認知されていなかった。この世の中にレズビアンのための場所はどこにも用意されていなかった。同性愛者は変質者と同義だった。

変質者には生きる価値がないのだ。そんな変質者としての自覚を持っただろう直子が、自分には生きている価値がないと思ったとしても不自然ではない。

村上はどういうつもりか、直子をレズビアンとヘテロセックスとの中間で、いったりきたりする女性として描いている。だから彼女は矛盾に押しつぶされて生きていくことができなくなるのだ。レズビアンとして割り切ったうえでそのように生き続ける道だってありえたはずなのだ。

村上はまた、レイコさんをもレズビアンのままで生きさせてやろうとしない。彼女には夫と娘がいる。そのうえで13歳の少女を誘惑する。ほんとのレズビアンならそんな生き方をするだろうか。

しかもレイコさんは、直子が死んだあとで僕を訪ねてきて、僕とセックスまでする。

「ごめんなさい」とレイコさんは言った。「怖いのよ、私。もうずっとこれやってないから。なんだか十七の女の子が男の子の下宿に遊びに行ったら裸にされちゃったみたいな気分よ」
「ほんとに十七の女の子を犯しているみたいな気分ですよ」
僕はそのしわの中に指を入れ、首筋から耳にかけて口づけし、乳首をつまんだ。そして彼女の息遣いが激しくなって喉が小さく震えはじめると僕はそのほっそりとした脚を広げてゆっくりと中に入った。
「ねえ、大丈夫よね、妊娠しないようにしてくれるわよね?」とレイコさんは小さな声で僕に訊いた。「この年で妊娠すると恥ずかしいから」
「大丈夫ですよ、安心して」と僕は言った。
ペニスを奥まで入れると、彼女は体を震わせてため息をついた。僕は彼女の背中をやさしくさするように撫でながらペニスを何度か動かして、そして何の予兆もなく突然射精した。それは押しとどめようのない激しい射精だった。僕は彼女にしがみついたまま、そのあたたかみの中に何度も精液を注いだ。
「すみません。我慢できなかったんです」と僕は言った。

この文章を読んで、随分中途半端なセックスだなあ、少なくともレイコさんにとっては救いになっていないな、と筆者は感じた。僕はこの射精を含めてレイコさんの中で4回も射精する、それは僕にとっては成り行き上のことだったかもしれないが、レズビアンのレイコさんにとっては、強姦されているような感じだったんではないか、そんな風にも感じたのだった。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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