村上春樹を読む
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村上春樹「女のいない男たち」を読む


村上春樹には、本人もいっているように、長編小説と短篇小説とを交互に書く習性がある。彼が短編小説を書くことには、物を書くうえでの、生理的バイオリズムを整えるという効用があるようだが、それと並んで、次に続く長編小説のためのウォーミング・アップのような役割も果たしてきたようだ。といっても、短篇小説での実験が、そのまま長編小説の中に反映されるということではないらしい。そういう側面も、ないわけでないらしいが、どちらかというと、あらたな文使いの実験的な試みという側面が強いようだ。

今回単行本になった短編集「女のいない男たち」は、前回の「東京奇譚集」から9年たっている。本人によれば、その間に何本かの長編小説(「1Q84」三部作と「多崎つくる」のこと)にかかりきりになっていて、短篇小説を書く気にならなかったということのようだ。それが、一気に何本もの短編小説を書く気になった理由は、おそらくは、生理的なバイオリズムがそれを求めたということなのだろうが、それと並んで、新たな試みへの挑戦と言う意気込みも働いているのかもしれない(村上自身はそう言っていないのだが)。

「東京奇譚集」やその前の「神の子どもたちはみな踊る」と同じように、この短編小説集も、共通のテーマによって結びついている。題名にあるとおり、「女のいない男たち」というのが、そのテーマなわけだが、これは、村上も言っているように、ヘミングウェーの Men without women とは違って、女のいない男だけの世界を描いたものではなく、文字通り、女に去られてしまった哀れな男たちを描いたものである。なかでも、最も哀れな男は、「独立器官」に出てくる渡会医師で、この男は女に去られたために、それこそ腑抜けになってしまうのである。「イエスタデイ」に出てくる木樽青年も、そういった腑抜けのひとりであって、彼の場合には、幼馴染の女に去られて、生きる意味を見失ってしまうのだ。

このように、この小説に出てくる人物像は、どちらかと言えば、ぱっとしないものばかりである。「ぱっとしない」だけなら、まだ小説にも仕立てようがあろうが、彼らはそれに加えて、あまりにも味気ない生き方をしている。「神の子どもたちは皆踊る」に出てくる、東京を破局から救うために戦うカエルとか、「東京奇譚集」に出てくる、人の名前を盗むサルのような、ドラマティックな動きを感じさせる話が出てこない。女がいなくなって、呆然としているような男の話ばかり、要するに、味気ない話ばかりなのである。

それでも、次の長編小説にとって、ウォーミング・アップになるようなところがないわけでもないらしい。中でも今後発展していきそうなテーマとして、柳の木が挙げられる。「木野」に出てくる柳の木は、それ自体としては、バーを兼ねた木野の家の前庭に生えている樹木に過ぎないのだが、どうもこれが人間となって主人公に付きまとうばかりか、主人公の運命までをも支配しているようなのである。運命と、柳の木と、坊主頭の男。この三者の関係は、あたかもキリスト教の三位一体の教義を思い起こさせる。というわけで、大長編小説のテーマになってもおかしくないほど、発展性に富んでいるといえるのではないか。

表題作の「女のいない男たち」は、ある日突然愛する女を失った哀れな男のつぶやきをつづったものである。つぶやきであるから、筋らしい筋はない。それでも、女を失った男と、男を女のいない男たちにした女との関係は、なんとなくわかってくるようにつぶやかれている。このつぶやきのミソは、女にいなくなられた男が、「女のいない男」になったのではなく、「女のいない男たち」になったということだった。何故、「男」ではなく、「男たち」なのか。それは、この短編小説を読んでもらえばわかる、そう作者の村上は言っているようなのである。

なお、「ドライブ・マイ・カー」には、一時マスコミを賑わせた馬鹿馬鹿しいおまけ話がついている。この小説に出てくる女性ドライバーの出身地が、雑誌に掲載されたもともとの形では中頓別町であったのが、単行本の中では、上十二滝村になっている。中頓別町は北海道に実在する町の名であり、上十二滝村は架空の名である。村上がこう変更した背景には、中頓別町の議員が、村上の小説の一節を取り上げて抗議したといういきさつがあった。その抗議とは、小説の中で、女性ドライバーが、たばこの吸い殻を窓から投げるシーンがあって、それに「中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」という文章がついているが、それが中頓別町のイメージを傷つける、というものだった。

村上は、この抗議にまともに応えて、中頓別町の名を上十二滝村という架空の名前に変えたわけだ。上十二滝村は、何となくオウム真理教事件の舞台「上九一色村」を思い出させるが、「羊をめぐる冒険」でも、「十二滝村」という形で出てくるから、直接の繋がりはないようだ。(「羊を巡る冒険」の発行は1982年で、オウム真理教事件より前のことだ)







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