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同時に複数の男と性的関係を結ばない
:村上春樹「騎士団長殺し」


「騎士団長殺し」は、主人公の私が妻に去られることから始まる。その点では、妻が突然消えてしまったところから始まる「ねじまき鳥クロニクル」と似ている。違うのは、「ねじまき鳥」の主人公が最後まで妻を取り戻すことができなかったらしいのに対して、この小説の中の私は、妻との関係を回復し、新たな生活を始めることができたということだ。この小説の中の主要な出来事は、妻に去られてから再び彼女を取り戻すまでの、わずか数ヶ月の間に、私の身に起きたことなのである。

私はある日突然妻から別れ話を持ちかけられる。私にとっては寝耳に水のようなことだった。別れたい理由を聞いても妻は答えない。ただ意味深長なことをいうだけだ。何日か前に、明け方近くにある夢を見たのだが、それは現実と夢との境がわからないくらい生々しい夢だった。そして目覚めたときに、あなた(私)とはもう一緒に暮していけないと思った、と言うのだ。その夢の中には、私は出てこなかったという。私はその夢が性的な夢なのだろうだろうと思い、妻に次のように尋ねる。「君はほかの誰かと付き合っているの?」と。妻は肯く。私は続けて尋ねる。「そしてその誰かと寝ている?」と。妻は言う、「ええ、すごく申し訳ないと思うんだけど」

こんなふうに妻から言われたら、どんな夫でも仰天するばかりだろう。この小説の中の私も例外ではなかった。私は妻から、別れた後でも友だちでいたいといわれるのだが、それをまともに受け取る心の余裕がない。気持ちが混乱するままに、自分から身を引いて、妻のいないところに行ってしまうのだ。

妻は何故私ではなく、外の男と寝るようになったのだろうか。そればかりか私を捨てる気になったのだろうか。私を何度も悩ましたこの謎について、その手がかりを、友人の雨宮雅彦が教えてくれる。妻が寝た相手というのは、雅彦の会社の同僚なのだが、それが実にハンサムで、どんな女にも惚れられるというのだ。一方妻のユズのほうは、昔からハンサムな男に弱く、そういう男を見ると抱かれて見たくなってしまうところがある。そんなわけでユズは、大した理由もなくその男と寝るようになった。ところがユズにはもうひとつ面白いところがあった。それは同時に複数の男とは性的関係を結ばないということだった。夫以外の別の男と性的関係をもっているからには、それと平行して夫との間に性的関係を持つわけには行かない。というよりは、結婚を続けてゆくのも憚られる。どうもそういうことらしいのだ。

要するに妻が浮気をしたあげく、夫を捨てて、その浮気相手とくっついたということに過ぎないのだが、その単純なことを村上は、実にもってまわった言い方で、複雑らしく描き出すわけである。もっとも、欧米と違って、日本の妻の多くは、尻が重いことで定評がある。夫以外に男を作った挙句夫に離縁を迫るなどという妻はほとんど見当たらぬし、かりに夫以外の男と浮気をしても、それを隠そうとするだろう。ところがこの小説の中のユズという女性は、夫以外の男と浮気をして、あまつさえ夫に離縁を迫る。これは日本の風俗道徳の上から見て、非常に稀な事態だといわざるを得ない。その稀な事態を村上は、さも日常的なこととして描きだすわけである。

この小説の中の私が、非常に迂闊だったのは、妻から別れ話を持ちかけられるまで、彼女が浮気をしていたことに気付かなかったことだ。私はしばらく前から、妻が私とのセックスを拒むようになったことに気付いていたが、それが浮気のサインだとは思いもよらなかった。妻はただセックスをするのが面倒になったのだろうくらいに受け止めていた。しかしよくよく考えてみれば、自分たちは結婚してまだ六年くらいにしかならないわけだし、もともと妻がセックス嫌いというわけでもなかった。だから、自分とのセックスを拒むことには、それなりの事情が働いていると思うべきなのだ。ユズは他の男と寝ている。他の男と寝ているときには、その更に他の男である私とは寝る気にならない。要するに、同時に複数の男と性的関係を持つ気にはならない、そう妻が思っているのだと受け取るべきだったのだ。そう受け取らなかった私は、よほどのお人よしなのである。

気持の整理がつかないまま妻と別れ一人旅に出た私は、東北のとあるホテルの一室で、ユズを強姦する夢を見て、激しい性的興奮を覚えたりする。なんだかんだ言っても、ユズのことが思い切れないのだ。そのうちユズが妊娠しているという知らせに接する。動揺した私は、もしかしたらユズが身ごもっている子は、自分が夢の中で彼女を強姦したときに孕まれたのではないかと夢想したりする。現実ではとてもありえないことだが、小説の中では珍しくもないことだ。実際村上はユズの妊娠を、ユズの夢の中で成就したことだというふうに匂わせている。私が夢の中でユズに強姦しているときに、ユズのほうでも自分の夢の中で懐胎していたというふうに。

夢の中で妊娠したというくらいの話なら、村上の小説の世界では珍しいことではない。「海辺のカフカ」では、夢の中で父親殺しが実行された。殺人に比べれば、妊娠はまだ穏やかな現象というべきだ。

いずれにしても、妻の浮気について、彼女から別れ話を持ちかけられるまで気付かなかった私は、お人よしを越えて、鈍感というべきだろう。女が男に惚れたことは、その顔つきを見ていればわかる、と十三歳の少女である秋川マリエでもいうようなことがらだ。妻が自分以外の男に惚れたことは、その顔を見ればわかったことではないのか。「でも私にはわからなかった、と私は思った。ユズが私と一緒に暮しながら他の男と肉体関係を持っていても、私は長い間それに気がつかなかったのだ。今思い起こしてみれば、それくらい思い当たってもよかったはずなのに。十三歳の女の子にもすぐにわかることが、どうして私に感じ取れなかったのだろう?」

こう私は思うのだが、思うだけでは現実は前へ進まない。現実を自分の思うように前へ進めるには、妻が夫にセックスを拒んだときには、その理由をただすことが必要だろう。夫には、妻が夫にセックスを拒む理由を知る権利があるはずだから(甘い考えかもしれないが)。

ともあれこの小説の中では、夫の私は妻のユズと縒りを戻し、妻の産んだ女の子を二人で育てることになる。私はその子の父親が誰なのか、追求しようとしない。自分かもしれないし、そうではないかもしれない。しかしそれはどうでもよいことだ、そう私は自分自身に言い聞かせるのである。少なくとも「その子の父親はイデアとしての私であり、あるいはメタファーとしての私なのだ」と思いながら。要するに「私はもうひとつの別の世界でユズを受胎させたのだ」と思うのである。




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