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村上春樹、安西水丸「日出る国の工場」

「日出る国の工場」は、村上春樹と安西水丸のコラボレーションによる工場見学記である。例によって村上が文章を書き、安西がそれに絵を添えている。彼らが何故工場の見学記を作ろうという気になったか、詳しいことには触れていないが、そのきっかけの一端のようなものを村上が書いている。それによれば村上は、子どもの頃学校の遠足で工場見学をした記憶がなつかしくて、大人になってからもそのなつかしさに心ひかれて、工場を訪ねる気になったらしい。安西のほうは、それにお付き合いをしたということか。

彼らが見学した工場はあわせて七箇所。本の目次に従ってあげると、人体標本、結婚式場、消しゴム、農場、衣料、CD、アデランスという順になる。結婚式場とか農場が何故工場の範疇にはいるのか、村上なりの理屈が本分の中で触れられているのでそれを読んでもらうとして、この七つの組み合わせはかなり変ってはいる。

人体標本を最初にもってきたのは、子どもの頃の匂いがもっとも強烈によみがえってくるからだろう。人体の骨格模型や内臓の模型などは、誰でも小学校の理科室で目にしたはずのものだが、それがどのようにして作られたかについて、考えたことのある子どもは少ないだろう。村上はその少ない子どもの一人として、それらがどのように作られたかに強烈な興味を抱き、それを大人になってから満足させたというわけらしい。

子どもの頃の興味の延長として対象を選んだという点では消しゴムもそうだ。これは人体模型と違って、普通の子どもにとって強烈な興味を抱かせるものではないが、村上はそれに強い興味を持った数少ない子どもの一人がそのまま大人になったということらしい。消しゴム工場の内部を我々読者に対して案内する彼の姿勢からは、幸せそうな感じが伝わってくる。

農場は農業の拠点であって、工業の現場である工場とは程遠いイメージにうつるが、村上にとってはこれも立派な工場としてうつるらしい。何を作る工場か。ミルクとかバターとかチーズである。それらもまた、工業製品といえなくもないので、それらを作る農場を工場の一例として位置づけてもあながち不当ではないかもしれない。

村上の訪れた農場は、岩手県にある小岩井農場だ。あの宮沢賢治が詩集「春と修羅」の中のいくつかの詩篇で、その素敵な雰囲気を大らかに歌い上げた農場である。しかし村上は小岩井農場にまつわる文学的・感性的な雰囲気には触れず、小岩井農場の名前のいわれとか、牛乳の搾り方とか、かなり即物的な方面についてもっぱら関心を集中させている。

この本の中で村上がもっとも気合を入れて紹介しているのはアデランスの工場である。村上が何故かつらのメーカーであるアデランスに興味を抱いたか、文面からは伝わってこないが、自分がアデランスに着目したことについては非常に満足しているようだ。その満足が村上をして気合を入れた紹介をなさしめたというわけであろう。

アデランスを取材することで村上は、日本人のハゲの実態についてかなりな知識を身につけたようである。その知識を活用して一冊の本が書けるとまでいっている。その知識の一端を紹介すると、日本の薄毛推定人口は、この本の執筆時点で、約750万人、うちかつら使用者は約50万人、アデランス使用者は28万人であった。大学生のかつら使用者が一番多いのは日大、次が早稲田。現役の総理大臣としてもっともかつらをつけさせたいのは中曽根康宏(これは知識とは違うか)。実際過去には現役の総理大臣としてかつらをつけていたものがいたのだそうだ。

アデランスでは陰毛のかつらも作っているそうだ。主として修学旅行用だそうだ。筆者にも経験があるが、思春期の子どもたちが修学旅行に行って皆で風呂に入ると、互いに陰毛が生えていることを自慢しあうものだ。どうだ俺の毛は、立派だろう、と。その場で一本の毛も生えていない姿を皆の目にさらすことは、大変な屈辱なのだ。それゆえ、年頃の子どもたちにおいては、陰毛のかつらが深刻な関心を呼ぶというわけであろう。







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