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かえるくん、東京を救う:村上春樹の世界


村上春樹の短編物語集「神の子どもたちはみな踊る」の中で、最も村上らしさが現れた作品と云えば「かえるくん、東京を救う」だろう。これは風采の上がらない中年男が、突然あらわれた蛙の化け物に、東京を地震から救いたいので、ぜひ一緒にやってほしいと頼まれるところから始まる。かえるくんはこのしがない中年男の協力を得て、地下の怪物ミミズ君と壮絶な戦いを展開し、ついに東京を巨大地震から救う、そんなメチャクチャな物語が、読者の心をやさしく癒してくれるのだ。

とにかく、冒頭からして迫力がある。

「片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていた。二本の後ろ脚で立ち上がった背丈は2メートル以上ある。体格もいい。身長1メートル60センチしかないやせっぽちの片桐は、その堂々とした外観に圧倒されてしまった」

カフカのグレゴール・ザムザはある朝目覚めたときに自分が巨大なゴキブリに変身しているのに驚くのだが、この中年男は、ある日アパートに戻って見たら、巨大な蛙に待ち伏せされていたというわけなのだ。実にファンタスティックな出だしではないか。

「<僕のことはかえるくんと呼んで下さい。>と蛙は良く通る声で言った。
「片桐は言葉を失って、ぽかんと口をあけたまま玄関口に突っ立っていた」

こう続けられると、どんな読者もこれから先、物語がどのように進行していくのかと、村上の世界に自然に溶け込んでいくというものだ。

事態がなかなか呑み込めないでいる中年男に蛙は自分の身分を明かす。

「<ごらんのとおり本物の蛙です。暗喩とか引用とか脱構築とかサンプリングとか、そういうややこしいものではありません。実物の蛙です。ちょっと鳴いてみましょうか。
「かえるくんは天井を向いて、喉を大きく動かした。げええこ、うぐっく、げえええええええこおお、うぐっく。巨大な声だった」

こうしたうえで蛙は、これから自分がやろうとしていることを片桐に語る。それは東京に巨大地震を引き起こそうとしている地下の怪物ミミズクンたちと戦うことであり、その戦いにあたって是非、片桐に手を貸して欲しいというものだった。

「きっとすさまじい戦いになるでしょう。生きては帰れないかもしれません。身体の一部を失ってしまうかもしれません。しかし僕は逃げません。ニーチェが言っているように、最高の善なる悟性とは、恐怖を持たぬことです。片桐さんにやってほしいのは、まっすぐな勇気を分け与えてくれることです。友達として、僕を心から支えようとしてくれることです。わかっていただけますか」

しかし片桐さんにはなかなかわからない。自分のようなしがない中年男にいったい何ができるというのだろう。

「私はとても平凡な人間です。いや平凡以下です。頭も剥げているし、おなかも出ているし、先月40歳になりました・・・運動神経はゼロで、音痴で、ちびで、包茎で、近眼です。ひどい人生です。ただ寝て起きて飯を食って糞をしているだけです。何のために生きているのか、その理由もわからない。そんな人間がどうして東京を救わなくてはならないのでしょうか」

そんな片桐にかえるくんは、あなたのような人のためだからこそ、自分は東京を救いたいのだという。そして片桐には同志として信頼できるものがあるからこそ、自分はあなたを同志に選んだのだという。

「片桐さんは僕をひとりにして逃げたりしないと思います。僕にはそれがわかるんです。なんといえばいいのかな。それはきんたまの問題です。僕には残念ながらきんたまはついていませんが」

こうして、かえるくんと男の共同作戦が開始される。男は突然幻影に見舞われ、意識をなくすが、その間にかえるくんは地下にもぐり、みみずくんたちと壮絶な戦いを戦う。戦いが終わったところで、男は長い眠りから目覚め、その前に傷だらけのかえるくんがあらわれる。彼らはミミズクンとの共同の戦いに打ち勝ったのだった。

地下の世界との戦いというテーマは、先行する長編小説「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の延長線上にあるものといえる。ワンダーランドでは、ヒルのような生きものとの戦いがテーマだったが、ここではミミズとの戦いがテーマになっている。というより、人と地震とのかかわりといった方がいいのかもしれない。

地下の生き物がなぜ、なまずでなくてミミズなのか、そこのところは村上春樹本人に聞かねばわかるまい。






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