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青豆の女友達:村上春樹「1Q84」を読む |
青豆は女友達に恵まれなかった。少女時代にできたたったひとりの友達は、結婚後マゾヒストの夫の暴力に耐えられなくなって、首をくくって自殺した。30歳になって、もうひとりの心許せる女友達ができたが、彼女は渋谷のホテルで全裸のまま殺されてしまうのだ。両手に手錠をはめられたまま。恐らくはサドマゾゲームの調子が狂って。 最初の友達は大塚環といって高校時代のクラスメートだった。ふたりは心から打ち解けあい、何でも話し合うことができた。環は青豆とは違って裕福な家の子だったから、青豆の知らないこともたくさん知っていて、それらを教えてくれた。そんな二人は、レズビアンの真似事をしたこともあった。 夏休みに二人で旅行した時に、ひとつのベッドに二人で寝て、裸になってお互いの体を触りあった。そのときのことを青豆は、こともあろうに高速道路の非常階段を下りているときに、突然思い出した。これから一人の男を殺しにいこうとしているときにだ。 そのことを思い出すと、「青豆の身体が奥の方で少し熱を持ち始めたようだった。環の楕円形の乳首や、薄い陰毛や、お尻のきれいな膨らみや、クリトリスのかたちを、青豆は今でも不思議なくらい鮮明に覚えていた」 するとヤナーチェクの「シンフォニエッタ」の祝祭的なユニゾンが朗々と鳴り響いた。「ボヘミアの森の草原を風がやさしくわたっていった。相手の乳首が突然硬くなっていくのがわかった。彼女自身の乳首も同じように硬くなった。そしてティンパニが複雑な音型を描いた」 青豆は環を殺した男を許せなかった。彼女は針の技術を用いて、人間を簡単に殺す方法を身につけていた。その技術を活用して、青豆は環の復讐をしてやったのだった。 それがきっかけになって、青豆は殺人ビジネスの連鎖へとはまり込んでいった。さる上品な老夫人と懇意になるうち、その老夫人からこの世に生きている価値のない男たちを、あの世に送り込んでほしいと頼まれるようになったのだ。 彼女は完璧な殺し屋になった。その殺しの最後の仕事として、彼女はカルト教団の不可解なリーダーを殺すことになるだろう。 二人目の友達になったあゆみとはバーで出会った。青豆は男とセックスしたくなると、一人でバーで飲みながら、一晩相手にできるような男を物色するのだった。青豆の好みは晩年のショーン・コネリーのような、適当に禿げ上がった中年男だった。適当に額の毛が後退していて、ペニスの大きさも適当な男。大きすぎてもいけない、小さすぎてもいけない、自分のヴァギナにぴったりでないといけない。彼女はなぜか若い男には興味を引かれなかった。 そんな物色のさなかに、青豆はあゆみと出会ったのだった。あゆみもやはり、青豆と同じ目的を持っていた。彼女も、一定の間隔を置いて、気に入った男を見つけてセックスがしたくなるのだ。彼女は青豆とはちがって外向的な性格で、何でも率直にものをいった。 「たまにセックスしたいなあって思うんだ。率直にいえば男がほしくなる。ほら、何となく周期的にさ。そうするとお洒落して、ゴージャスな下着をつけて、ここに来るわけ。そして適当な相手を見つけて一晩やりまくる」 初めて出会ったその夜に、二人は二人組の男を誘い込んで、ホテルでランチキパーティをする。そのパーティで二人はレズビアンの真似事をし、男のスワッピングをし、青豆は肛門に男のペニスを挿し込まれる。自分でもよく理解できてない状態で。 青豆はあゆみがすっかり気に入ってしまった。あゆみも青豆がすっかり好きになってしまった。だが二人は本当の友達にはなれないだろう。なぜならあゆみは警察官であり、青豆の方はすでに3人も人を殺した殺人犯なのだから。 あゆみは警察官一家に育った。父親も伯父も兄も警察官だ。警察官といえば謹厳実直に聞こえるけれど、本当はどうしようもない連中なのよ、とあゆみはいう。わたしは警察官の叔父に小さい頃に性的ないたずらをされたことがある。兄にもいたずらをされた。そんなことがきっかけになったのか、わたしはセックスについて健全であることができない。男を心から愛することができない。それなのに、わたしを弄んだ伯父や兄たちは、そんなことなどなかったように平気な顔をしているのよ。 ある夜、青豆はあゆみを誘ってレストランに食事に出かける。食事をしながらあゆみは、先日のランチキパーティを話題にし、そのときにしたレズビアンの真似事について語った。「だから二人で裸でさ、おっぱいをちょっと触ったり、あそこにキスしたり」 どうやらあゆみには、レズビアンへの傾向があるようだ、と青豆は漠然とながら感じとる。その夜、青豆はあゆみに懇願されて自分の部屋に止めてやるが、果してあゆみはベッドの中で、青豆の体に触りたがるのだった。だが青豆にはレズビアンの趣味はない。かつて少女時代に大塚環との間で行ったレズビアン遊びは、あくまでごっこ遊びだったとでもいうように。 あゆみが寝静まった後で、青豆は一人で空を見上げた。すると空には月が二つ浮かんでいた。「青豆は両手で顔の下半分を覆った。そしてその二つの月をじっと眺めつづけた。間違いなく何かが起こりつつある、と彼女は思った・・・ひょっとしたら・・・世界は本当に終わりかけているのかもしれない」 あゆみは警察官としてはなかなか有能だったようだ。彼女は山梨県内にあるカルト教団の動向について青豆から調査を依頼されると、コネを伝って山梨県警にアタックし、それなりの情報を取ってくれた。婦人警官としてもそつなく業務をこなしているようだ。 だが一人の女としては、あゆみは孤独で無防備だった。だからラブホテルの一室で、両手に手錠をはめられ、首に布を巻きつけられて、全裸のまま殺されてしまったのだ。そのことに青豆は罪悪感のようなものを感じる。わたしがもう少し相手にしてやればよかったのかもしれない、わたしと一緒でなら、こんな無様な死に方をせずに済んだかもしれない、でもあゆみは私に遠慮して、一人で危険な場に身をさらすことになったのだ、と。 しかしそれはそれで、あゆみの死には必然性があったのだ。青豆にはその必然性をとめることはできない、そのことをわからせてくれたのは、ほかでもない青豆の当面の敵であるカルト教団のリーダーだった。 |
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