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異次元空間への通路としての井戸:村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」


「ねじまき鳥クロニクル」の主人公僕が井戸の底に興味を抱くようになったきっかけは間宮中尉から聞いた話だった。外蒙古でロシア人たちに捕らえられ、仲間の山本が皮をはがれて死んだ後、中尉は枯井戸のそばへ連れて行かれ、ここで銃で撃たれて死ぬか、井戸の中に飛び込むかどちらかを選べといわれる。井戸の中に飛び込んでも、巨大な砂漠の中のちっぽけな空間で生き残る可能性はゼロに等しい。それでも中尉はとっさの判断で、銃に撃たれるより井戸の中に飛び込むことを選んだのだった。

間宮中尉は井戸の中で過ごした数日間の経験を話してくれた。暗黒の井戸の中に一日にほんの数分間地上からの光が届いたときの感動や、少しずつ近づいてくる死の影などについて。しかし中尉は本田さんによって井戸のなかから助け出されたのだった。中尉は、当座は命の助かったことを喜んだが、このときを境に自分が人格というものの実体をうしない陽炎のようにうつろになってしまったことを感じないではいられなかった。中尉は、本当はそこで死ぬべきであった、しかし本田さんの予言の通り死ななかった、というより死ぬことができなかったのだ。

僕の家の近くに空家があって、その一角に古い井戸があった。それは上から覗くと枯れた井戸のように見えた。そこで僕はあるとき、井戸の蓋を半分はずし、その隙間からはしごを下ろして、井戸の底に降りて見た。底は土の匂いが充満していたが、なんとなく快適な空間のように思われ、自然と瞑想が涌いてくるのだった。

あるとき僕はこの井戸の底で夢のようなものを見た。夢というよりも、夢のような体裁を装った現実のような何かであった。

僕はその夢のようなものの中でホテルの一角をさまよっていたが、そのうち208号室に入り込んだ。そこには女がいた。女はベッドに横たわって僕に話しかけ、また僕を性的に挑発した。それはこの物語のはじめの部分で僕に変な電話をかけてきた女だった。

「あなたはわたしの名前を知りたいと思う。でも残念ながらわたしはそれを教えてあげることができない。私はあなたのことをとてもよく知っている。あなたも私のことをとてもよく知っている。でも私は私のことを知らない」

こんなことを言う女が、実は自分が探し求めている妻の仮の姿に違いないということを、僕は後になって感じるようになるだろう。

この空間に入ってきたときのことを僕はよく覚えていないのだが、出て行くときのことは良く覚えている。僕は女に導かれてこの空間を脱出し、再び井戸の底に帰還するのだ。その帰還の道はまるで、オルフェウスが通った冥土の小道のようにも思えるし、イザナキがイザナミを従えて通ったヨモツヒラサカへと通じる道のようにも思える。つまりこの井戸の底は、現実の空間と異次元の空間とを結ぶ通路の入口のようなものだったわけだ。

この通路を通り抜ける際、始めは僕の傍らにいて、僕の口の中に自分の舌を絡ませていたりした女がいつの間にかいなくなり、僕は一人で井戸の底にたどり着く。その後、笠原メイという少女に梯子をはずされているのを見出し、井戸の底にしばらく閉じ込められてしまう。そして数日後に僕は加納クレタによって井戸の底から助け出されるのだが、よみがえった自分の顔に大きな青いあざがついているのを見出すのだ。

この青いあざがきっかけになって、僕は赤坂ナツメグと出会うことになる。そのナツメグに僕はいなくなった妻のことと、その妻をどうしても取り戻したいという気持ちをうちあける。そんな僕にナツメグは突き放したようにこういう。

「あなたには今のところ鳥刺し男もいないし、魔法の笛も鐘もない」

これに対して僕は、「僕には井戸がある」と答えるのだ。つまり自分にとって井戸の底は妻がいるに違いない異次元空間へと通じるヨモツヒラサカなのだということを、僕は確信するに至るのだ。間宮中尉にとって井戸の底は絶望の淵に過ぎなかったが、僕にとっては、半分は希望の光がさす場所だったわけだ。

こうしてついに僕は、自分の明確な意思に基づいて、井戸の底から異次元へ通じる扉をこじ開け、時空の差を一気に飛び越えて、妻であるに違いない女がいる部屋へとたどり着くのだ。

そんな僕の前に妻のクミコが姿を現す。そしてこういうのだ。

「それで、あなたは私を探してここまでやって来たのね、私に会うために?」

しかし二人は簡単に結びつくわけにはいかなかった。僕の前には亡霊のような男が現れ僕にナイフで切りつけてくるのだ。そんな僕に向かってクミコは「早く逃げて」と叫ぶが、今度こそ一人で逃げるわけには行かない、と僕は思う。今度こそクミコをつれて現実の世界に戻るのだ。

だが僕にはクミコをつれて井戸の底に戻ってくることはかなわなかった。戦いの最中に僕の体が壁に触れたとたん、僕はあの通路を通って井戸の底に一人で舞い戻ってきてしまった。しかもその井戸は以前のように枯れた井戸ではなく、こんこんと水が湧き出る井戸だった。水は次第に井戸を満たし、ぼくはついに水に溺れてしまいそうになった、僕は死ぬ覚悟をした。

しかしシナモンが僕を瀬戸際で助け出してくれた。しかしぼくは助かったことを素直に喜ぶわけには行かなかった。なぜならあの異次元の空間に通じる井戸が、いまは水をたたえてヨモツヒラサカであることをやめてしまったからだ。

「ねじまき鳥クロニクル」を論じたこのシリーズの最初の文章で、筆者はこの物語は失われたものの回復の物語だといった。しかし厳密にはそうではない。それは回復を目指しながらついに回復せられることのなかったことがらの物語なのだ。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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