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図書館員の女の子 二つの世界をつなぐ女性:村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」 |
ハードボイルド・ワンダーランドには、太った女の子のほかにもうひとり、名前のない女の子が現れる。図書館員の女の子だ。彼女は年齢が29歳になり、結婚したこともあることが明らかにされるが、主人公は彼女を常に「女の子」と呼ぶ。このことはもしかしたら、女性に対する差別意識の表れではないか、こんな風に受け取られる危険につながるかもしれない。それでも村上は、女性たちを名前で呼ばず、単に「女の子」と呼び続けるのだ。 私がこの女の子と会ったとき、その直前まで太った女の子の裸体をイメージしていた。そこから得られたのは、たくさんの女の子と寝れば寝る程、人間は学術的になっていくという仮説のようなものだった。 だが私が図書館員の女の子と接近したのは、学術的な目的からというよりは、実際上の必要に駆られてのことだった。私は、老人からもらった一角獣らしきもの頭骨の正体を知りたくて、情報を求めに図書館までやってきたのだった。 図書館員の女の子は、私のためにいろいろと便宜を図らってくれた上に、私の求めに応じて、私の部屋まで本を届けに来てくれさえした。そのお礼に私は手料理を作ってごちそうしてあげた。 女の子は驚くほど旺盛な食欲で、丸二日分の食糧をあっという間に平らげた。そんな女の子と、わたしはいとも自然にセックスしたのだった。だがなぜか、私のペニスは勃起しなかった。 「これまでにけっこういろいろな女の子と寝てきたが、図書館員と寝るのははじめてだった。そしてまたそれほど簡単に女の子と性的関係に入ることができたのもはじめてだった。たぶんそれは私が夕食をごちそうしたせいだと思う。でも結局、さっきもいったように、私のペニスは全く勃起しなかった。」 この後、私は巨大なトラブルに巻き込まれ、それを太った女の子とともに解決しようとするのに忙しくなり、図書館員の女の子とはしばらく会う機会がなかった。 ようやくさまざまな冒険を乗り越えてひと段落したとき、私は自分の命運が数時間以内に尽きてしまうといった状態に陥っているのを見出す。あの老人が私の脳にセットした命のタイムリミットが迫ってきたのだ。そこで私は残されたわずかの時間を、もう一度あの図書館員の女の子と過ごそうと思うのだ。 私は女の子と会う約束を取り付け、その時間を待つ間に、ある喫茶店に立ち寄ってビールを飲む。 「私は二杯目のビールを注文してから便所に行ってまた小便をした。小便はいつまでたっても終わらなかった。どうしてそんなに沢山の量の小便が出るのか自分でもよくわからなかったが、とくに急ぎの用事があるわけでもなかったので私はゆっくりと小便を続けた。その小便を終えるのに二分くらいの時間はかかったと思う・・・ 「長い小便を終えると、私は自分がべつの人間に生まれ変わってしまったように感じた」 こうして私は生まれ変わった気分で図書館員の女の子と会い、一緒にイタリア・レストランに入って膨大な量の食事をし、そのあと女の子の家に行って、そこでセックスをした。今度は私のペニスは首尾よく機能した。 「私は目を開けて彼女をそっと抱き寄せ、ブラジャーのホックを外すために手を背中にまわした。ホックはなかった。 「前よ、と彼女は言った。 「世界はたしかに進化しているのだ。 「我々は三回性交したあとでシャワーを浴び、ソファーの上で一緒に毛布にくるまってビング・クロスビーのレコードを聴いた」 セックスの後の充実した時間の中で、私は女の子と一角獣の頭骨について語った。ふたりはこの頭骨を介して結び合い、今また別れるに当たって、この頭骨を餞代わりにしているのだ。 「彼女はしばらく頭骨の上に両手を置いて目を閉じていた。彼女の指もやはり私と同じように白い光の膜に覆われた。 「何かを感じるわ、と彼女は言った。それが何かはわからないけれど、どこかで昔感じたことのあるもの。空気とか光とか音とか、そういうものよ。説明できないけれど 「僕にも説明できない、と私は言った」 読者はこの部分を読むことで、この頭骨がハードボイルド・ワンダーランドと世界の終りとをつなぐ符合のようなものとして使われていることに改めて気づくだろう。そればかりか、世界の終りに出てくる図書館員の女性は、ハードボイルド・ワンダーランドに住んでいる現実の図書館員の違った次元での存在なのだということにも、気づかされるに違いない。 |
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