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村上春樹・和田誠「ポートレイト・イン・ジャズ」を読んで

村上春樹・和田誠の共著「ポートレイト・イン・ジャズ」は、和田誠が描いたジャズ・ミュージシャンの肖像画に、村上春樹が簡単な文章を添えたものだ。それぞれのジャズ・ミュージシャンに添えた村上の文章は、一時はジャズを自分の商売に取り入れていた村上らしく、ジャズに対する村上の、こだわりのようなものを感じさせる。

村上が最も評価するジャズ・ミュージシャンはスタン・ゲッツらしい。彼を紹介した短文の中で、村上は次のように書いている。

「ジャズの歴史の中には星の数ほどのサキソフォン奏者がいる。でもスタン・ゲッツほど激しく歌を歌い上げ、しかも安易なセンチメンタリズムに堕する人はいなかった。・・・僕はこれまでにいろんな小説に夢中になり、いろんなジャズにのめりこんだ。でも僕にとっては最終的にはスコット・フィッツジェラルドこそが小説であり、スタン・ゲッツこそがジャズであった」

村上が随分とスタン・ゲッツにのめり込んでいた様子が如実に伝わってくる文章だ。

筆者もスタン・ゲッツは評価している。あのコルトレーンでさえ、スタン・ゲッツは一目置いた存在なのだ。誰でもスタン・ゲッツのようにサックスが吹けるのなら、そのように吹くのが望ましい、そうコルトレーンは語っている。

しかし筆者はスタン・ゲッツこそがジャズそのものだとまでは感じることはない。筆者にとっては、ジャズと云えばまずマイルス・デイヴィスであり、ジョン・コルトレーンであり、チャーリー・パーカーであった。

マイルスが偉大なジャズ・ミュージシャンであったことは、誰もが否定できまい。そのマイルスについて、村上の語るところは多くはない。「フォー・アンド・モア」に収められている「ウォーキン」の演奏は迫力があったな、といった程度だ。

チャーリー・パーカーについて語った部分では、パーカー本人よりドラマーのバディ・リッチを語ってしまったと本人自ら認めるくらいだし、コルトレーンについては何も語っていない。

この本は、和田誠の絵に村上が文章を添えるという体裁をとっている。その和田誠の描いた絵にコルトレーンがなかったというだけのことなのかもしれない。

それにしても、コルトレーン好きの筆者などには、なにか納得できないものがあるように思われるのだ。







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