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心と影:世界の終り


「ハードボイルド・ワンダーランド」と並行して語られる「世界の終り」の物語は、「ハードボイルド・ワンダーランド」が現実の表層意識の中で展開される物語なのに対して、人工的な意識体が紡ぎ出した物語だ。わかりづらい言い方だが、要するに誰かによって作られた物語だ。作られた限りで創作品であるのに、それが創作品であることを逸脱して、実在性を主張する、そんなメチャクチャな次元性を帯びた物語なのだ。

この物語は、ある男の何物かを求めての追及の旅の物語である。その何物かがはたしてどんなものなのか、主人公の僕にもわからない。何かを求めているのだが、それが何かわからない、という構図は、カフカの「城」の構図とよく似ている。「城」の主人公も、測量という具体的な任務を帯びて城のある街にやってくるが、そのうち自分が何をしようとしているのかわからなくなる、そして目的そのものがあいまいになる中で、自分がはたしてどこに向かって進んでいけばいいのかさえ分からなくなる。

世界の終りの主人公の場合は、そもそものはじめから、何故高い壁によって周囲の世界から隔てられ、いったん入り込むと二度とは出てこられない不思議な街を訪ね、そこで暮らすことを選んだのか、皆目目的意識が見当たらないのだ。彼はなんとなくこの町に来て、門番に言われるままに自分の影を捨て、古い夢を読み解くためだといって、健康な視力を奪われる。なぜそこまでして、この不思議な街にこだわるのか、読者は当分の間わからないでいる。

物語は、僕と一人の女性を中心に展開する。僕は門番の指示で図書館に行き、そこでこの女性と出会う。僕の役目は古い夢を読み解くことで、女性はその手助けをするという設定だ。物語が進行するにつれて、僕はこの女性に恋愛感情のようなものを抱くようになり、自分をこの町の呪縛から開放する道ではなく、この町に自分を釘づけする道を選ぶようになるだろう。

僕にとって最も深刻な問題は、生き別れになった自分の影の運命と、自分自身の運命だ。この町の住人には影がない。影がある人間はこの町では暮らせないのだ。だから僕は門番に言われるまま、自分自身から影をはがしてもらう。しかしはがされた影は、そのままではいつか生気を失うこととなり、ついには死滅する運命にある。僕にとって自分の影が死滅することは、心を失うことを意味するのだ。

それ故僕は、影と語らうことを通じて、自分と影とが昔のように一体になることを希求し、そのことを通じていつまでも心を失わないですむよう願うようになる。そしてその願いはかないそうになる。周到な準備を行ったおかげで、僕は影とともに門番の目から逃れ、外部世界に通じる穴を通して、現実世界に帰還できる一歩手前までいくことができたのだ。

だが僕は結局この町に居続けることを選んだ。それは、図書館の女性ともしかしたらこの町で一緒に暮らせるかもしれない、その見通しがたったことも働いている。しかしそれ以上に、僕はこの町を作ったのが誰なのか、決定的にわかってしまったのだ。

この町は、僕自身が作ったものなのだった。町全体がそうだ、図書館の彼女も、門番も、一角獣の頭骨もすべて、僕が作り出したものなのだ。それはもしかしたら、僕の深層意識が夢を通じて紡ぎ出した創作品なのだろう。だから僕がこの町からいなくなることは、この町そのものの存在が許されなくなることを意味する。僕がいなくなれば、町も消えてなくなり、彼女もまた生きてはいられないのだ。

それ故、僕はこの町を捨てて現実の世界に帰還することを拒否するのだ。

最後に近い場面で、僕は一緒になって現実世界に逃げようと訴える影に向かって次のように言う。

「僕は自分の勝手に作り出した人々や世界を後に放り出して行ってしまうわけにはいかないんだ。君には悪いと思うよ。本当に悪いと思うし、君と別れるのはつらい。で僕はも自分がやったことの責任を果たさなくちゃならないんだ。ここは僕自身の世界なんだ。壁は僕自身を囲む壁で、川は僕自身の中を流れる川で、煙は僕自身を訳煙なんだ。」

夢の中では誰も自分に影があるなどと意識しないだろう。夢の中では誰でも影を持たないからだ。夢から覚めることによって、ひとははじめて自分に影が寄り添っていることに気づく。夢の中に閉じこもり続けるためには、影を持ってはならないのだ。だから僕が上記のように言う理由は、夢を見続けてゐたいという願望にあるといってよい。

こういう解釈に立つと、この物語の構造が少しは見えてくるような気がするのだ。







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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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